COLUMN
2026年1月
平和と思いやりと「美しく青きドナウ」
1月1日の夜にNHKでも放映され、ネットでもライブ配信されたウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを、ご覧になった方も多いだろう。
2026年の指揮者は1975年カナダ生まれのヤニック・ネゼ=セガンの初登場。
メトロポリタン・オペラの音楽監督、フィラデルフィア管弦楽団の音楽・芸術監督を兼任し、さらにはベルリン・フィルをはじめ世界の名門オーケストラから引く手あまたの活躍ぶりである。
ニューイヤーコンサートの習慣として、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「美しく青きドナウ」を演奏する前にはウィーン・フィル全員が声を合わせて新年の挨拶があり、指揮者は世界中に向けてスピーチをおこなう。
今回のネゼ=セガンはそのメッセージで「Kindness」という言葉を何度も使っていた。
"With peace comes kindness. Or should I say, only with kindness comes peace. So I wish all of us kindness. Kindness in our heart. Kindness towards one another. Kindness in accepting each other's differences and celebrating them. Music can unite all of us because we live on the same planet."
平和があってこそ、思いやりが生まれる。
いえ、こう言うべきかもしれません。
思いやりがあってこそ、平和が生まれるのだと。
だから私は、私たち一人ひとりに、思いやりを願います。
心の中に思いやりを。
互いに向けた思いやりを。
違いを受け入れ、そしてその違いを祝福する思いやりを。
音楽は、私たちすべてを結びつけることができます。
なぜなら私たちは、同じ惑星に生きているのですから。
Kindnessの訳語には「思いやり」という言葉を当てはめてみた。
「優しさ」「親切」というよりも、より行動を促すニュアンスがあるからだ。
平和は与えられるものではなく、私たち一人ひとりが小さな行動によって積み上げていくもの。
そのための前提として、ネゼ=セガンが強調していたのは、他者への敬意である。
分断と憎しみが増大していく現在の世界情勢に鑑みて、これほど深くてシンプルなメッセージがあるだろうか。
このメッセージの後に演奏された「美しく青きドナウ」はひときわ胸にしみた。
この曲が作曲された1867年は、ドイツ統一をめぐってオーストリアがプロイセンとの戦争に敗れた直後であった。
意気消沈するウィーンの人々を慰めるために書かれたというだけあって、この曲には時代を超えた不思議な癒しの力がある。
世の中が不安に覆われているときほど、この曲のもたらす幸福感はじんわり来る。
ウィーンからの中継を見た翌々日にサントリーホールで、ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団(オーラ・ルードナー指揮)が演奏する同じ曲を聴いたが、そこでは青い衣装を着た男女のペア2組が優雅なバレエを踊る趣向となっていた。
そこでは青い照明も舞台上方のパイプオルガンに当たっていたので、この曲が「青」をテーマにしていることを自然と意識させられた。
実際のドナウ川は青くはない。
この曲が身にまとっているのはあくまで想像上の青である。
だがそれは何と美しい、高貴で優しいイメージを伝えてくれることだろう。
化学染料が発明される以前、人類にとって青は貴重な色であった。
ラピスラズリの希少な青、聖母マリアが身にまとう慈愛の青、加賀の前田家が誇り高さと美意識の象徴とした青い天井、実現困難な奇跡の象徴としての青いバラ、そして「青きドナウ」にこめられた理想化された心象風景。
それらの青をすべてつなげて考えてみるのも面白いだろう。
ワルツ「美しく青きドナウ」のあのゆったりとした静かな序奏は、川のイメージというよりは、5月の雨あがりの輝く森を思わせる。
そしてゆったりとワルツが始まるとき、ハープがうっとりと香るような響きを添える。
実演で聴くとわかる――あのハープにこそ「青きドナウ」の魔法の秘密があるのだ。
林田直樹

ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団のニューイヤー・コンサート2026がおこなわれたサントリーホールのロビー。新年ならではの豪華な装い
