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COLUMN

2026年4月

庭と自然とクラシック音楽

​                         林田直樹

暖かい春の午後に、実家に行って、庭のツバキの木の剪定をした。

父が生前にやっていたことだが、いまでは私の仕事になった。

これまでは、春から夏にかけて垂直に若芽がどんどん伸びるので、それを適当に切っていただけなのだが、いつのまにか枝が内側に伸び、曲がりくねって絡まるようになり、ややこしいことになってきた。

仕方なく、「庭木の整姿と剪定」という専門書を読んで、どの枝をどのように剪定すべきかを勉強し、炎暑と藪蚊に悩まされる前にしっかりと強い剪定を初めてやってみた。

いくつかの太い枝は思い切って切り、内側に向いた細い枝や芽は丁寧に切った。

剪定してみて気が付いたのだが、密集した内側の葉は、春というのに枯れて黄色くなっており、はなはだ具合が良くない。

木の健康を保つ上でも、適切な剪定は欠かせないと痛感した。

 

無駄な枝がなくなり、すっきりと風通しのよくなったツバキの木は、さっぱりとして心なしか喜んでいるように見えた。

なかなかの達成感である。

長時間の作業で腕が痛くなってしまったが、次の春にはどんな花を咲かせてくれるか今から楽しみになった。

 

庭師が登場するオペラといえば、モーツァルトの「フィガロの結婚」である。

第2幕後半の騒動の場面で、伯爵夫人の部屋から飛び降りた何者か(ケルビーノ)の目撃者として、突如、庭師アントニオが訴え出てくる。

あのときアントニオは自分の仕事の領分が荒らされ、カーネーションの植木鉢が割られたことに対してカンカンになって怒っている。

決して酔っ払いが乱入してきたわけではない。

庭師なりの誇りがあるからこそ、伯爵やフィガロたちの前で一歩もひかない剣幕なのである。

第4幕では夜の庭で恋人たちの逢引きが繰り広げられるが、その舞台となる森を美しく保たれるように手入れしているのもアントニオであることを忘れてはならない。

 

バレエ「ジゼル」に登場する森番のヒラリオンのことも思い出した。

密猟を取り締まるのがヨーロッパにおける森番の主な仕事だが、それだけではない。

領主が狩りを楽しむことができるよう、森を明るく管理することもヒラリオンの仕事だったはずである。

低木や下草を適宜刈り取っておかないと、森のなかで獲物を追う領主が馬を駆る小路を作ることもできない。

ヒラリオンのそうした仕事は、かえって野生動物たちの暮らしやすい豊かな森をつくることにもつながっていたことだろう。

村娘のジゼルにとっては、領主から報酬をもらう森番という定職についているヒラリオンは、実はまたとない結婚相手でもあった。

貴族であることを隠して村人になりすましてジゼルに近づいてくるアルブレヒトの存在は、森番のヒラリオンにとって、嫉妬の対象であるばかりでなく、密猟者や侵入者を取り締まるという職務上からいっても、当然警戒しなければならなかった。

 

庭とクラシック音楽をもっとも深く結びつけていた作曲家の一人が、武満徹である。

武満は作曲という行為について、こう述べている。

 

「私もまた時間(とき)の園丁だ。

無限の時間に連なるような、音楽の庭をひとつだけ造りたい。

自然には充分の敬意をはらって、しかも、謎と暗喩に充ちた、時間の庭園を築く。

(中略)一枚一枚の生命(いのち)の木の葉を搔き集めて、火を点す。

それは祈りのようなものだ。

内面に燃焼する焔が、この宇宙の偉大な仕組みを、瞬時でも、映し出してくれたらいい」

 

「時間の庭園」とは何と美しい考え方だろう。

園丁とは、庭園を管理し、美しく草木を生い茂らせる造園家・庭師・ガーデナーのことである。

「フィガロの結婚」のアントニオと同じで、土にまみれて全身汚れてはいても、美意識においては誇り高い職人である。

ほんの少しだけ庭師の真似事のようなことをやった経験から言うと、枝を剪定する作業は、その木がどういう風に枝を伸ばしたがっているか、この枝が伸びたときに将来何が起こるかを予測する――時間的な想像力が必要となる。

武満にとっては、この音符を刈り取り、この音符を残すことで、演奏家たちがその音をどう響かせるかを想像する作業だったに違いない。

 

庭を造るという作業には、たぶん終わりは存在しない。

だがその行為に対して、少しでも意識的になったときに、人生は豊かになるのだろう。

第24回写真.JPG

六義園(東京・文京区)にて。徳川綱吉の側用人として権勢を振るった柳沢吉保が和歌をテーマに作り上げた都内屈指の日本庭園で、池の周りの明るく開けた場所だけでなく、暗く鬱蒼とした山奥や隠れ里の雰囲気も意図的に作られている

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