COLUMN
2026年5月
ドビュッシーの響きに思う
林田直樹
これまでに体験したドビュッシーの演奏で、もっとも印象に残っている瞬間は、1990年代の半ばにロシアのピアニスト、アレクセイ・リュビモフが代々木上原の小さなサロン・コンサートホール「ムジカーザ」でおこなったリサイタルでのことだった。
その日はロシアの前衛女性作曲家ウストヴォルスカヤのみで構成された硬派なプログラムで、拳骨で鍵盤を叩き続けるような激しい曲ばかりが演奏されていた。
それはそれで素晴らしかったのだが、アンコールでリュビモフが弾いた、ドビュッシーの《ピアノのために》より「前奏曲」は、それまでの前衛とはまた違った意味で、ガツンと頭を殴られたくらいの衝撃があった。
憂鬱な曇り空から雨が降り始めたかと思うと、強烈な陽差しがいきなり照りつけてきて、歓喜の頂点に達したかと思うと、再び曇るのか?それとも晴れるのか?どっちつかずの展開に聴き手は振り回され、目眩のするような和音の連続へと連れ去られる。
たった4分ほどの曲のなかに、何と気まぐれで即興的で力強く、さまざまな色彩と明暗を同時に含んだような、豊かな音楽が詰め込まれていることだろう。
それまでのウストヴォルスカヤとの鮮やかな対比によって、リュビモフはドビュッシーもまた別な意味での前衛だったことを示してくれていたと思う。
あのときリュビモフはドビュッシーを、太い豊かな音で、クリアに弾いた――それがまた効果的だった。
ドビュッシーというと印象派絵画と結びつけられてイメージされがちだが、実際は両者の間には何の関係もない。
むしろドビュッシーが影響を受けていたのは象徴主義文学のほうである。
それは、ニュアンスと暗示、雰囲気や情感を大切にする、現代に通じるような新しい美学のあり方であった。
音のパレットが多彩であることは確かに重要だが、それだけではドビュッシーの演奏として良くはならないように思う。
以前、指揮者の準・メルクルにインタビューしたとき――彼はドビュッシーを得意としていてナクソスにもたくさんのレコーディングをしているのだが――こんなことを言っていた。
「ドビュッシーを演奏するために最も重要なのは、音色よりもリズムです」と。
いくら和声が美しいからといって、甘いマシュマロのように焦点のぼけた、リズムのあいまいな演奏であっては、ドビュッシーの魅力も十分に発揮できないというのは、納得のできる話である。
たとえば、アメリカ人でロンドンとパリで主に活躍した画家ホイッスラーの絵に触発されて作曲された3楽章の管弦楽曲《夜想曲》では、第1曲「雲」で描かれているのは確かに曖昧模糊とした夜の雲の不安な動きには違いない。
だが第2曲「祭り」に登場する光の幻想的な行列を際立たせるために必要なのは、生気に満ちたリズムの輝かしさである。
晩年の傑作「チェロ・ソナタ」にしても、第3楽章フィナーレにまずもって必要なのは、はちきれんばかりのリズムの疾走感だろう。
ドビュッシーが異常なまでに色彩への感覚が鋭かったことは確かである。
「海は広すぎて、私は泳ぎ方を知らない。ここではあまり泳がない。
海はそのほうが、美しくていい。
それはワルツのように青く、役に立たぬ金属板のように灰色で、老船長が(嵐になるという迷信から)口にしないピューレのように緑色であることが多い。
それは、C.D.(クロード・ドビュッシー)とかいう作曲家が書いた《海》よりも美しいと、ほかならぬ私が断言する」(1915年7月、指揮者のアンゲルブレシュト宛ての手紙より)
画家の目と、詩人の心をもった作曲家でなければ、このような文章を書くことはできないだろう。
《亜麻色の髪の乙女》と《ペレアスとメリザンド》を結び付けるのは、女性の長い髪への詩的なフェティシズムである。
神秘的に揺れ動くもの、この手につかむことのできないものへの憧れ。
喜怒哀楽とは全く異なる、新しい情感のあり方をドビュッシーは発見したともいえる。
最晩年の「ヴァイオリン・ソナタ」について書かれた手紙の一節も、ドビュッシーの音楽を理解する一助を与えてくれる。
「人間につきものの内的矛盾により、このソナタは歓喜にあふれています。大空を飛翔するかのように思える作品には今後気をつけることです。そういう作品はしばしば暗くふさいだ心の中に埋もれていたものなのです」(1917年5月、ゴデ宛の手紙より)
この手紙が書かれたのは第一次世界大戦のさなかである。
長く続いた癌との闘病生活で体調も悪く、貧困にも苦しんでいたドビュッシーの最後のピアノ曲《燃える炭火に照らされた夕べ》は、寒さをしのぐための石炭の代金として石炭売りに渡されたと伝えられる。
翌年1918年3月25日、ドイツ軍によるパリへの砲弾攻撃の音を聞きながらドビュッシーは亡くなった。
アメリカの参戦によって形勢が逆転する前の、もっともフランスが不安のどん底にあった時期にあって、病床のドビュッシーはどんな気持ちでいただろうか?
暗い時代にあってもなお、輝くような次の音楽を夢想していたのだろうか?
来たる6月20日と21日には、クリークホールでピアニスト辰野翼によるドビュッシーピアノ曲全曲演奏会の完結編がおこなわれる。
その最後を飾るのは、《燃える炭火に照らされた夕べ》である。
録音ではなく、すぐれた生演奏によってこそ、ドビュッシーの響きの新しさは体感されうる。札幌の人々にはぜひそれを味わっていただければと思う。

「ノクターン:青と金色―オールド・バターシー・ブリッジ」(1872-5)© Tate
ドビュッシーに影響を与えた画家ホイッスラーは、音楽と関わりのある「ノクターン」「シンフォニー」の名の付く絵を多く描いている
